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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)2436号 判決

原告 株式会社扶桑相互銀行

被告 田村商業株式会社

主文

被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十七年七月二十二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十七年五月十五日訴外日本絹雲母工業株式会社に宛て金額五十万円支払期日同年七月二十日支払地及び振出地共大阪市支払場所株式会社東京銀行大阪支店なる約束手形一通を振出し、訴外会社監査役鈴木亀雄は同年五月二十三日訴外会社の授権に基きその代理人たる資格において「訴外会社代表取締役」と肩書して本件手形を原告に裏書譲渡し原告はこれの所持人となつたので、同年七月二十一日本件手形を支払場所に呈示して支払を求めたが被告はその支払を拒絶した。よつて原告は被告に対し右手形金五十万円及びこれに対する昭和二十七年七月二十二日以降完済に至るまで年六分の割合による法定利息の支払を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、

被告の抗弁に対し本件手形振出の原因関係は不知、その余の事実は否認する。

原告は本件手形が不渡となつた後、訴外鈴木に右手形金の取立を委任して一時これを預けたにすぎない、と述べ、

立証として甲第一乃至第四号証を提出し、証人鈴木亀雄、富村忠章の各尋問を求め、乙第一乃至第六号証の成立は不知、第七号証は公証人作成部分のみ成立を認めその余の部分は不知、第八号証の一は官署作成部分のみ成立を認めその余の部分は不知、第九号証は成立を認める。と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、被告が原告主張の約束手形一通を訴外日本絹雲母工業株式会社に宛て振出し、同訴外会社監査役鈴木亀雄が訴外会社代表取締役なる肩書をもつて本件手形に裏書したこと、被告が本件手形の支払を拒絶したこと、原告が現に右手形を所持していることはいずれも認めるが、右裏書は被裏書人及び裏書日付の記載なき無記名裏書であつた。

しかして本件裏書は訴外会社監査役たる鈴木がその資格を詐り代表取締役なる肩書をもつてなした偽造の裏書であり、仮りに鈴木が本件手形裏書の代理権を有していたとしても手形行為の代理形式としては全く不適法であるのみならず、かかる資格を詐つた裏書をすることを委任されたとすればそれは公序良俗に違反するものというべく、更に監査役たるの職務を有する者が訴外会社を代理して本件手形を裏書譲渡して割引を求めることは監査役が取締役を兼ねることを禁じた商法第二百七十六条に違反する行為であるから、いずれにしても本件裏書は無効であつて原告は手形上の権利を取得しない。

と述べ、抗弁として仮りに本件裏書が有効であるとしても本件手形は被告が訴外会社から鉱山採掘品を買受ける契約を締結した際売買代金二百万円支払のため訴外会社に交付した約束手形三通(金額各五十万円)のうちの一通であるが、その後被告と訴外会社間において右売買契約を合意解除したので右三通の約束手形は被告に返戻されるべきところ、訴外会社はうち二通を被告に返還したのみで本件手形は返還されず、その支払拒絶証書作成期間経過後にこれの取立をなすため原告へ仮装の譲渡裏書をなしたものであり、仮りに期間前に一旦訴外会社から原告へ裏書譲渡されたとしても該期間経過後に原告から訴外会社の鈴木亀雄へ譲渡され、よつて被告の訴外会社に対する抗弁復活し然る後原告へ再譲渡されたものであり、仮りにそうでないとしても原告は本件手形振出の原因関係が前記の通り消滅していることを知つてこれを取得した悪意の所持人である。従つて被告は本件手形振出の原因関係の消滅を原告に対抗しうるから被告は本件手形金の支払義務なく、原告の請求は失当である、と述べ、

立証として乙第一乃至第七号証、第八号証の一、二第九号証を提出し、証人村本一男(第一、二回)木崎義雄の各尋問を求め、甲第一号証の成立を認め、爾余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

被告が原告主張の約束手形一通を訴外日本絹雲毋工業株式会社宛に振出し、訴外会社監査役鈴木亀雄が訴外会社代表取締役なる肩書を用いて本件手形に裏書したこと、被告が本件手形の支払を拒絶したこと、原告が現に右手形を所持していることはいずれも当事者間に争いがなく、証人鈴木亀雄の証言によれば、鈴木亀雄は訴外会社代表取締役岩谷明から本件手形を原告に裏書譲渡することの委任をうけ代理権を与えられていたことを認めうる。

即ち右の場合、鈴木は訴外会社の代理人たるにすぎず代表取締役ではないのであるから、「訴外会社代表取締役鈴木亀雄」と記載してなした裏書は手形行為の代理形式の表示としては明らかに妥当を欠き不相当といわざるをえないけれども、代理といい代表というもいずれも法律行為の効果を本人に帰属せしめる点において差異はなく、代理人であることを表示して裏書すべきところをあやまつて代表取締役と表示した瑕疵は手形上の権利を裏書人から被裏書人に移転せしめる裏書の効果を左右するものではないと解すべきであり、証人鈴木亀雄、富村忠章の各証言によれば鈴木が裏書をするに当りその資格の表示をあやまつたのは原告銀行の係員において裏書人の氏名を記名し、鈴木において該名下に自己の印章を捺印する方法によつたためであつて、訴外会社が鈴木に資格の詐称を許し、若しくは鈴木が資格の詐称を意図したものでないことが明らかであり、右裏書が反社会性著しい公序良俗違反の行為であるとは到底解し難い。

更に、商法第二百七十六条が監査役として取締役又は支配人その他の使用人を兼ねることを禁じたのは監査役が会計監査の任務を担当する監督機関たる性質上業務を執行する恒常的な地位を兼併するを不適当と考えたからにすぎず、特定の事項につき特に会社から個人として委任をうけてその代理人としてした法律行為の効果を妨げる趣旨ではないと解するを相当とするから、鈴木が本件手形を裏書譲渡したことが右法条に違反し、無効に帰するものということはできない。

そこで進んで被告の抗弁について按ずるに、証人木崎義雄の証言により真正に成立したものと認める乙第一、第三、第五、第六号証、公証人作成部分の成立に争いなくその余の部分は弁論の全趣旨により成立の真正を認めうる乙第七号証及び証人木崎義雄の証言を綜合すると、本件手形は被告が訴外会社から鉱山採堀品を買受ける契約を締結したとき、その売買代金二百万円支払のため訴外会社に宛て振出交付した約束手形三通(金額各五十万円)のうちの一通であるところ、その後被告と訴外会社間において右売買契約は合意解除され原因関係は消滅に帰したのでうち二通の約束手形は被告に返還されたが、本件手形のみはすでに原告に裏書譲渡されていたため被告に返還されなかつた事実を窺知しうるが、原告が本件手形の期限後の取得者であること、本件裏書が仮装行為であること又は支払拒絶証書作成期間経過後、訴外会社の鈴木に譲渡され、更に原告に再譲渡せられた事実を認めるに足る証拠なく、却つて成立に争いのない甲第一号証、証人鈴木亀雄、富村忠章、村本一男(第二回)の各証言を綜合すると、訴外会社は昭和二十七年五月二十三日頃本件手形による借受金を担保として原告に裏書譲渡したものであること、その際鈴木において右手形金支払を保証したのであるが、右手形が不渡となつた後原告が鈴木に右保証債務の履行を求めたところ、鈴木は自己の責任と費用とにおいて被告から本件手形金を取立てるから保証債務の履行を猶予してほしい旨懇請したので、原告は鈴木に本件手形金の取立を委任して一時これを預けたけれども取立は功を奏しなかつたため再び手形は原告に返還されるに至つたにすぎないことが明らかである。又被告は悪意の抗弁を主張するが、原告が本件手形の裏書をうけてこれを取得したときは未だ右手形振出の原因関係消滅以前であること前認定のとおりであり、原告が右売買契約の合意解除せられるべきことを予知していたものとは証拠上到底認め難く、原告の悪意を立証する証拠は存しない。従つて被告は訴外会社に対する人的抗弁を以て原告に対抗するを得ず、被告の抗弁はいずれも採用の限りでない。

そうとすれば被告は原告に対し右手形金五十万円及びこれに対する昭和二十七月七月二十二日以降完済に至るまで年六分の割合による法定利息を支払う義務があり、原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦 松浦豊久 藤井正雄)

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